本と映画と日常と

自分が読んだ本、鑑賞した映画と日常の徒然を書き留める備忘録ブログです。感想記事にはネタバレもありますので、各自の判断と責任のもと閲覧くださいませ。

【18.05.02.】『友罪』感想

 

友罪 (集英社文庫)

友罪 (集英社文庫)

  • 作者:薬丸 岳
  • 発売日: 2015/11/20
  • メディア: 文庫
 

あらすじ:
あなたは“その過去”を知っても友達でいられますか?
埼玉の小さな町工場に就職した益田は、同日に入社した鈴木と出会う。
無口で陰のある鈴木だったが、同い年の二人は次第に打ち解けてゆく。
しかし、あるとき益田は、鈴木が十四年前、連続児童殺傷で日本中を震え上がらせた「黒蛇神事件」の犯人ではないかと疑惑を抱くようになり―。
少年犯罪のその後を描いた、著者渾身の長編小説。
(「BOOK」データベースより)

ギャガ公式チャンネルより
友罪』本予告


【公式】『友罪』大ヒット上映中!/本予告



【ここから感想です】

 

私が読了した現在は2018年5月、著者の薬丸氏が「デビュー前から書きたかった」と語るほど衝撃を受けた『某事件』の加害少年が執筆し、被害者遺族の了承なく発行された『問題の手記』が発売された2015年6月より2年前に発行された作品になります。
『某事件』とは、この作品を読めば、多くの人が「ああ、あの…」と判るほど世間を世界規模で震撼させたあの事件のことです。
この作品の初出は、雑誌『すばる』の連載だったようなので、執筆されたのはさらにそれ以前ということになります。
『問題の手記』が発行されたことを知った後で本作を読んだ私がまず思ったのは、薬丸氏はこの作品を書いたことについて今2015年6月以降、どのような気持ちでいらっしゃったのだろう、ということでした。
軽く検索を掛けてみたら(上記でぼかした事件や手記を特定してしまうのでリンク無しですみません)、薬丸氏はとあるイベントで『問題の手記』についての質問を受け、読むつもりでいたけれど、『問題の手記』の著者が開設したサイトを見て読まないと決めた、とのことでした。
ファンに対してはそれしか語らなかったようですが、その質問をぶつける勇気もさることながら、それに回答をされた薬丸氏も勇気の要ることだったかと思います。
言外にどれだけの想いを抱えていたことだろうと思うと、改めて『問題の手記』について考えさせられます。
(私は被害者遺族が発行を中止してほしいと述べているニュース記事を見ていたので、『問題の手記』を読んでいません)

この作品は、『問題の手記』の存在を知ってから読むか、知る前に読むかで、180度感想が変わる作品ではないかと思いました。
作中に出てくる鈴木は、『某事件』の経緯や加害者を連想させる経歴を持っていますが、鈴木は決して『某事件』の加害者且つ『問題の手記』の著者である『彼』がモデルではない、と私の中で結論付けました。
そうでなければ…思うところを巧く言葉に置き換えることができません…。
著者である薬丸氏、この作品を読んで『某事件』を振り返り、それを他人事のようにではなく“自分が関係者のこの立場だったら…”という目線で考えるということに気付かせてもらった読者が当時感じた思いまで、『問題の手記』によって踏みにじられたような気持になってしまい、居た堪れません。

前置きが長くなりました。
初読の感想がそんな感じだったので、あくまでも『某事件』と切り離し、
「益田と鈴木、そして彼らを取り巻く人たちの物語」
として読み直しました。

主要な登場人物列記させてもらいます。

■益田純一
ジャーナリストの道を諦めることができず、糊口を凌ぐため一時的な就職として住み込み可能な町工場に面接を受け、試用採用されて働く青年。
ジャーナリストになるべく出版社にバイト就職するも、業界の下衆な面に対する嫌悪感が拭えず逃げ出した過去がある。

鈴木秀人
益田と同時期に町工場に雇われた、増田と同年齢の寡黙で人との交流を拒む青年。
益田の何気ない一言に救いを見いだし、益田を「親友」と慕い心を開いていくが…。

■藤沢美代子
益田や鈴木が勤務する町工場の事務員。
当時の恋人に騙されてAV出演された過去を隠して逃げ暮らしている。

■白石弥生
鈴木の少年院時代に担当法務教官
当時14歳だった鈴木の母親的存在となり、鈴木の更正に尽力するが、一方で実の息子や夫との溝が深まり、息子への罪悪感に苛まれている。

■山内修司
益田や鈴木が勤務する町工場の最年長&寮の責任者。
益田や鈴木と同い年の息子が交通事故で子供を3人死なせてしまい、「人の家族を奪っておいて家族が一緒に過ごす」ことへの罪悪感から、妻と離婚し、服役中の息子に「一人で生きろ」と別れを告げた過去を持つ。
山内は息子に子を殺された家族に単独で償いをし続けている。
※実写版ではタクシードライバーの設定で佐藤浩市さんが演じるようですね。

■桜井学
益田の中学時代の同級生。益田の人生に多大な影響を及ぼしたトラウマ。
中2のとき、いじめを苦に自死

私がこの作品の中で挙げるべきと感じた主要人物とキーパーソンは以上です。
桜井くん以外の5人は、私の目に「被害者」でもあり「加害者」でもある存在に映りました。
益田や鈴木の同僚たちや社長夫妻、増田の先輩や元恋人などは、典型的な「部外者目線」の感情や思考を言動の端々に見せる中、桜井くんを除いたこの5人だけは、それぞれの抱えている過去や現在について、とても苦悩し、葛藤し、罪の意識を抱え、同時に別件を第三者として見て恐怖し、恐怖する自分を唾棄し…人間だ、と思ってしまうくらい、部外者の人たちの悪意なき言葉の暴力や無責任さがひどいと感じさせられる内容でした。
そして自分を振り返ってしまいました。
自分もこの「部外者」と同じ言動を取っていやしないだろうか、と不安にさせる物語でもありました。

完全なる善人も、完全なる悪人も登場しません。
(あ、でも美代子の元恋人は死んでくださいと思いました)
ある人にとって加害者であり、ある人にとっては残酷な傍観者=共犯者であり、ある人にとっては被害者であり…桜井くん以外は、加害者の一面を持つ人たちだと感じました。
だけど、善悪だけで読者=部外者が断罪することはできない「人間」でもあったと感じます。
鈴木の見せる益田への好意(変な意味ではなく)は本物だと思うし、それは失った10代後半を取り戻そうとするかのような幼稚だけれど純粋で真摯な友愛だったと思うし、鈴木の人となりが彼の教官だった弥生から読者に知らされるに従い、彼は一部分が10代のまま、自分なりにどうすることが償うことになるのかを苦しみながら模索しているのだろう、人間であろうと足掻いているのだろうと感じられました。
そのきっかけになった益田の優柔不断は、長所として表現すれば「優しさ」とも言い換えられると思います。
益田の言動や葛藤は、彼の視点を通じて「逃げ」というネガティブで表現されるのですが、人としてとても共感する部分もある感情だと思います。
でも、これが益田の犯した加害行為であり、そのために桜井くんは死んだ(と、少なくても益田はそう思っているし、それを初めて打ち明けられた桜井くんのお母さんは、「どうしていまごろ…」と衝撃を受けています)。
レビューを見たら、
「なぜ美代子があそこまで被害意識を持っているのか理解できない」
「自分が招いた事態だろう」
という意見が散見されて愕然としました。
1対複数で見知らぬ場所で軟禁される恐怖を自身に置き換えたら、恋人を信じることでしか自分の精神を保てない状況を想像したら、と思うと、こういうのが無自覚な言葉の暴力なのだろうなあ、とレビューからも感じてしまいました。
作中にも、こういった第三者の心無い言葉が散見されます。
かなりつらくて重いお話です。

薬丸氏は2015年6月以降、どう感じていらっしゃるのだろうかというのが気になっている理由の1つとして、
「鈴木という人物を知れば知るほど、あのような事件を起こせる人物ではない」
という違和感を覚えたから、というのもあります。
もし2015年6月以前にこの作品を読んでいたら、私は『某事件』の彼の将来や人間に対するポジティブな期待も抱けたでしょう。
けれど、現実を先に突きつけられてからこの作品を読んでしまったために違和感を覚えてしまったので、それ以前にこの作品を書かれた薬丸氏やこの作品を読んだ人たちには、『問題の手記』の発売や、遺族に了承を得ていなかったという事実が大きな打撃だっただろうと勝手に思っています。
益田の
「少しでも関わり合った人が死んだら、自分は悲しい」
「君が死んだら悲しい」
という言葉だけで、いきなり利他欲が芽生えるはずがないと『某事件』の彼が証明してしまいました。
どうしても実際の事件が頭の片隅にちらついてしまい、鈴木がそこまでの事件を起こす人間とは思えませんでした。
鈴木の家族がほとんど登場しないため、母親の愛情を弟に奪われたことで心の拠り所を求めて『黒邪神』を崇め妄信するようになった説明はあるのですが、そこに至るまでの家族間のやり取りが見えてこないためか、鈴木が悪夢の中でうなされながら弟に謝る気持ちの動きが分からなかったからかもしれません。
自分の読解力不足も多分にあると思います。
この作品で、鈴木が(夢の中で)弟に謝罪するシーンはあるのですが、被害者への謝罪の言葉はありません。
町工場で過ごした3ヶ月だけが「生きていた時間」だと鈴木は言い残して去ります。
そして、結末は…読者に委ねられているような気がしています。
鈴木が益田の手記をどこかで読むか、読まないか。
それを読んだとしたら、鈴木はどういう行動に出るか、出ないか。
美代子が益田の行為に唾棄したそのあと、益田の手記を読んだか読まないか。
もし読んだとしたら、彼女は鈴木や益田に対し、どう行動するだろうか。
益田は、手記を発表し、故郷に帰って桜井くんと鈴木への贖罪の日々を送るのですが、彼は鈴木ともう一度会うことができるだろうか…など、読了後もいろんなことを考えさせられる終わり方でした。
現実の『あれ』があまりにも…だったからこそ、そこにベターなエンドを求めてしまう自分がいます。

1つだけ救われたのは、弥生とその息子の智也が和解の兆しを見せたことでした。

映画作品は、雰囲気的に内容を変えているようです。
夏帆さん演じる美代子も、いろいろ実写化情報を探ってみると同じ会社の事務員ではなくオペレーターみたいです。
他者との関わりから過去を知られることに怯えている鈴木と美代子が、映画ではどういう知り合い方をするのだろう、と気になります。
美代子のおかげで、鈴木は初めてタナトスから解放されるかもしれないと思わせるキーパーソンなのですが、どうシナリオが変わるのかな、と。
佐藤浩市さん演じる山内さんも、職場の上長じゃない設定っぽいですし。
山内さんも益田の考えが変わるきっかけになったキーパーソンなのですが、どう脚本が変わっているのか観たいと思うので、劇場に足を運ぼうと思っています。

それと、『問題の手記』が発売されたあと(2015年9月)、薬丸氏は『Aではない君と』という作品を出されているようなので、こちらも読んでみたいと思います。
吉川文学新人賞受賞作だったんですね…。
そして、『問題の手記』発売から3ヶ月後…。
作家・薬丸岳という人の執念と信念を感じました。

また映画を観たら映画感想のカテゴリで作品を紹介できればと思います。
(取り敢えず明日は『君の名前で僕を呼んで』を観に行ってきます)