【21.09.05.】『尾かしらつき。』感想
1巻
樋山那智、ソフトボールに汗を流し、日焼けに憧れる平凡な中学生。彼女は同級生の宇津見君が抱える重大な秘密を知ってしまう。
それは彼に「しっぽが生えている」ということ。
「みんなと違う」ことに戸惑い傷つきながらも、ふたりが心を通わせあう、10年間の物語――。
2巻
“豚のようなしっぽ”を持つ初恋の少年・宇津見との別れから一年、彼に見捨てられたと勘違いしたままの那智はすっかりねじ曲がった女子高生になっていた。
二度と他人なんか信じない…頑なになる小さな心。
「自分が必要のない人間だって知りたくない」…心の傷から臆病になってしまった那智が知る、母親が違う姉の真意とは――!
那智の心の扉が開くとき、宇津見との再会の瞬間が訪れる――。
3巻
那智、宇津見1年ぶりの再会――のはずが那智は事故により記憶を失ってしまう。
戸惑いながら、豹変した彼女と向き合う宇津見。
しかしそれは、嘘偽りのない那智の本心に触れることでもあった――。
純粋すぎる那智の想いが、凝り固まった宇津見の心を優しく解いていく…。
高校生編、感動のクライマックス!!
4巻
「しっぽ」に傷つき、「しっぽ」に繋がれてきたふたり。同棲を開始したものの、家族を作ることに消極的な宇都見に那智は!? 結婚・出産そしてーー。
差別を超え、偏見を超え、辿り着いた「幸せ」な日々。
感涙必至、稀代のストーリーテラー佐原ミズが描く恋と家族の物語、ここに完結!
【ここから感想です】
とうとう完結してしまった、という一抹の寂しさを感じるものの、登場人物たちが自ら選択して手に入れた幸せがぎっしりと詰め込まれた作品の大団円に、温かな気持ちをいただきました。
メインの物語は、しっぽを持つ中学生、宇津味くんと、日焼けできない体質に悩むソフトボール部の女の子、那智の恋物語なのですが、作品を通して垣間見えるのは、「自覚/無自覚の周囲からの差別と偏見」。
どんなに努力しても、部活をサボらず一生懸命練習していても、「サボってるから色白のままなんじゃないの?」という誤解に苦しむ那智だからこそ、悪意の有無に関わらず偏見に苦しんでいた那智だからこそ、しっぽの存在で苦い思いばかりさせられて多くのことを諦めてきた宇津味くんに寄り添えたというエピソードから始まった1巻当時、まだ二人は
「家庭を作るとか、誰かに好きになってもらうとか、無理」
「幸せになれるなんて、あり得ない」
「しっぽを含めて好きなのに、信じてもらえない」
「黙って引っ越しちゃうなんて、裏切り者」
と、自分の置かれた状況をネガティブに捉えて悩む中学生でしたが、紆余曲折を経て、それらの葛藤を乗り越えて自分の選んだ道を進んだ結果の集大成、という最終巻でした。
恋愛ものでありつつも、家族の物語でもあります。
「一歩を踏み出せるか出せないか、つまり自分次第で幸せになれる」
「人に、家族に、自分に誇れる自分でありたいなら、人を、家族を、自分を受け容れる、それだけでいいんだ」
そんなふうに思わせてくれる、それでいて押しつけを感じることのない登場人物たちのエピソードや気持ちから、自然とそう思わせてくれる良作でした。
その象徴が、宇津味くんと那智の間に生まれた子、成那ちゃんのように思えます。
成那ちゃんは、お父さん譲りのしっぽ持ち。
彼女ももちろん悲しみやつらさを感じているのですが、それを友だちや家族の前では出さない子。
家族に犯罪者がいるクラスメートの男の子が登場するのですが、その子に何を言われようと友だちになろうとする成那ちゃんは、次第にその男の子の気持ちを変えていきます。
そうやって、静かに穏やかにぬくもりの輪を広げていく世界観が、自然と読むこちら側にも
「自分の軸をしっかりと持って、意識して、周囲のネガティブな言葉に振り回されることなくぶれずに生きることで、楽しく生きられるかもしれない」
と希望が持てるのではないかと思います。
「しっぽ」「日焼けできない体質」と、些末に感じられたりファンタジーでしかない理由が作中の「悩みの種」ですが、ここに自分の「悩みの種」を当てはめて考えることで、誰にでも当てはまる「優しく穏やかな生き方」の指針になるのでは、なんて妄想が広がるくらい、とてもやさしい作品でした。
万人に受け入れられないのは百も承知。
その上で、どう楽しく幸せに生きていくか、そのヒントをもらえたと思わせてくれる作品でした。