本と映画と日常と

自分が読んだ本、鑑賞した映画と日常の徒然を書き留める備忘録ブログです。感想記事にはネタバレもありますので、各自の判断と責任のもと閲覧くださいませ。

【19.05.22.】『屍鬼』感想

 

屍鬼〈上〉

屍鬼〈上〉

死が村を蹂躙し幾重にも悲劇をもたらすだろう―人口千三百余、三方を山に囲まれ樅を育てて生きてきた外場村。
猛暑に見舞われたある夏、村人たちが謎の死をとげていく。
増え続ける死者は、未知の疫病によるものなのか、それとも、ある一家が越してきたからなのか。
(「BOOK」データベースより)
屍鬼〈下〉

屍鬼〈下〉

村は死の中に弧絶している―忍び寄る死者の群。息を潜め、闇を窺う村人たち。
恐怖と疑心が頂点に達した時、血と炎に染められた凄惨な夜の幕が開く。
(「BOOK」データベースより)

 

【ここから感想です】

 

二段組/上巻500P弱/下巻800P弱
というものすごいボリュームの本です。
ちなみに、私は上巻を11時間、下巻を17時間で読了した模様。
通常の文庫本2P分で1Pの構成、だいたい文庫本が200P/冊として、
上巻は文庫本1冊相当当たりを4時間半
下巻は文庫本1冊相当当たりを2時間強
で読了した感じですね。
ボリュームを見て自分の読書の速さを確認してみよ…と思ってしまうくらいには、ものすごい厚みです。
ハードカバーのほうで読んだので、より一層…;
文庫版では単行本上下巻を文庫4冊で出版されているようですね。
上記の読書速度を見て、自己分析できました。
上巻は、読み砕くのに時間が掛かる内容!苦笑
あらすじは上述のとおりですが、これ、田舎暮らし経験がある私だからこその共感かもしれませんけれど、
・同じ町内同地区で同じ苗字が多い
・屋号で呼ぶことのほうが多い
ために、字の文では苗字や名前で記述される一方、会話文では屋号や下の名前で書かれるので、誰が誰で、というのを咀嚼するのに時間を要する上巻の内容です。
ここを適当に読んで下巻に行くと、わけわかめな状態になって上巻を読み返して、
「ああ、こういう出来事があった人か」
と二度手間、三度手間になって遅読になる内容ではないかな、と思います。

ジャンルとしては、ホラー…なんだと思います。
上下巻読了したのでいくつかレビューを読んでみたのですが、この作品に対する感想評価が割と二極化しているのかな、と感じました。
著者の人気作『十二国記』が好きで読んだ人は辛口が多そう…?
十二国記』はファンタジーラノベなので、あの読みやすいテイストを期待するとがっくりくるのかもしれません。
私は小野不由美作品の一発目が『残穢』だったし、小野さんを教えてくれた知人がホラー好きの方だったので、
「小野さんと有栖川さんと綾辻さんは同じサークルだったらしい」
みたいな話を前情報としてうかがっていたからか、作者がいつ読者に仕掛けてくるのか、とビクビク読み進めることを楽しんで読んでいました。笑
FT畑の人として読むか、ホラー畑の人として読むか、という読み手の主観で印象が変わるのかもしれませんね。
あと、世代や田舎暮らしの経験の有無とか、読み手に委ねる部分もかなりある作品、という気がします。

私個人の感想としては、
・前半きっつ!(人物の把握)
・でもここを乗り切れば下巻の怒涛の展開は中座できない勢いで面白い!
というものでした。
下巻は、日常生活に支障を出すな私!と自分を叱咤しながらも中座することができず、家事炊事そっちのけで一気に読んでしまいました…17時間ぶっ通しで読むという贅沢な時間の使い方…(家族ごめんなさい。💦)
上巻での「きっつ!」と感じさせる要因は、村人の中である程度分かれた人種の代表(?)1人1人を描き込んでいるためだと思います。
実際、田舎だとあるんですよね、土着の人間と外様の「見えない壁」みたいなのが…。^^;
地方や世代によると思いますが、
1)代々受け継がれてそこに住み続けている土着民
2)世帯の誰かが土着の人で、外から嫁いできた人が混じる世帯
3)外から越してきた世帯
この「見えない壁」が半端なく、私の親は(2)の人で、母が外から嫁いできた人間なのですが、夫婦ともに土着の世帯よりもいろんな分け隔てがありました。
あと、祖父母世代がともに土着で、息子が一度外に出て、結婚してから同居になったケースは(2)に含まれたり(3)に含まれたりと、地域によって違う気がします。
隣の村では(2)扱いでしたが、私の住んでいた町では(3)扱いで、ごみ集積所の掃除(奉仕活動)など、「あとから来ている分、貢献度が低いんだからよろしくね」みたいな(もちろん言葉にはしない💦)いや~な空気が漂ってました…田舎…良い面もあるけど悪い面も…というのが、四半世紀前に住んでいたころのうちの田舎です。
この物語の舞台になっている外場は、ここまで悪意(無自覚な悪意ですけどね)を感じる町ではなくて、冒頭は「いいなあ、いい意味で田舎だなあ」と思って読んでいました。
上巻では、それぞれのカテゴリの中で生きる人の外場で暮らすことに対しての感じ方の違いを交えて、重複しない人物を1人1人、それぞれの家族と織り交ぜて描いているので、日常を語る退屈なパートになっている面があるのは否めません。
・地域の繋がり至上主義、疑う概念すらない人たち。
・外場で生まれ育ったものの、どこか居心地の悪さを感じている人たち。
・常に監視されているようで辟易としている、外部の人々の在りようも知っている途中入居の人やその子どもたち。
・田舎の密接なコミュニケーションやのんびりとした暮らしに憧れて転居してきた外様組。
これらが上巻で丁寧に描かれているからこそ、下巻の怒涛の展開が面白く感じられるのだと思います。
上巻をすっ飛ばして下巻を読むと、誰が誰でどうしてこんな思考に変化してしまったのか分からないと思いますし、その変化に恐ろしさや悲しさ(&哀しさ)があるので、上巻頑張って読むべし!と、これから読むという人に訴えたい気が。笑

作中に、親が田舎暮らしに憧れて外場に引っ越し、本人は外場から絶対に出るんだ、とがんばっている高校生くんがいます。
結城夏野くん。
彼は親も外から組の子でしたが、考え方がとても自分と似通っているところを感じたので、彼の両親が外様組という違いはありましたが一番私に近くて共感を覚える男の子でした。
それだけに、外場にはびこる「何か」への対応や、自分の身に降りかかってきたことに対する「仕方ないさ」と下す自分の運命への結論等々、その辺りは読んでいて苦しくて悲しくて、派手な展開は下巻ラストなんですけれど、私の中では一番切ないエピソードになりました。
彼の兄貴分であった徹ともども、ものすごく悲しくて、大人が彼らを追い込んだとも言える、と、外場の大人たちに憤りを感じました。
そういう意味では、敏夫の在りようは未来の夏野くんと重なる気がしました。
幼馴染で恐らく親友という自負があったであろう静信が、敏夫のやったことに酷い嫌悪感を持って咎めるのですが、正直なところ、敏夫同様「そうやって綺麗事を述べるおまえはいったいでは何をしたんだ」という気持ちになったり。

この作品は、エデンを追われたカインと、その弟アベルの物語を、作家でもある静信独自の解釈で綴る小説とリンクさせながら外場に降りかかった惨禍を描いているのですが、この辺りが、この作品をホラーというよりも哲学と感じさせるのかもしれません。
静信の「アベルは、実はカインの一部」という発想には思わず「なるほど!」と思ってしまったり。
エデンの園を追われたアダムとイブの子であるカインが、エデンの更に東へ流刑される下りで、
「既にエデンを追われているところへ更に追い出されるということは、実は今までいた場所が流刑の地ではなかったのか?」
みたいな発想などなど、解釈は人に因る、自分のその概念は果たして本当に「正しい」のか、その「正しい」の基準は誰が決めたものなのか、自分ではないかもしれないと思ったことはないか、自分ではない基準を鵜呑みに考えていいのか、視座を変えて再考する必要は本当にないのか、などなどなど…自問させられることがいっぱいです。
(脳みそがオーバーヒートしました。笑)

上巻読了の段階でも、まだ災厄の正体が分からないでいたんですけど、下巻ほどないころにそれらしいことが分かってきて、下巻4分の1あたりで確定するわけですが、その前に上巻のレビューを読んだときに下巻込みの感想レビューを見てしまって、ちょっと後悔しました。💦
あ、それが正体なんだ…ネタバレ…みたいな💦
なので、この記事では一応正体を隠しておこうかなと思います。
後半怒涛の展開の詳細を述べられないのが残念ですが、その正体や人間とかのどうこうよりも、それと人と重なっている部分「心の在りよう」について、深く考えさせられる話でした。
人が生きていくために畜生の命をもらうことと、人を生きる糧としている物の怪の食人との間に、どんな違いがあるんだ、とか。
では、自然の摂理だからと食われることを良しとするしかないのか、いや抗う権利があるだろ、畜生だって生きるために生まれて生きているから、逃げたり抵抗したり死ぬのを拒んで鳴くじゃないか、とか。

「生物のエゴ」で世界は構成されているとしか言いようがないな、存在自体が罪、って、キリスト教はこういうことを言っているのかあ…と妄想や飛躍した思考が渦巻く読後感でした。

医者がオカルト原因を肯定するわけない、みたいなツッコミも見ましたが、そこが敏夫先生の敏夫先生なところだと思います。笑
あの人柔軟です、思考も自分の間違いを認める潔さも負けず嫌いなところも優先順位1位のためなら外道にも鬼畜にもなるという割り切りの良さも、それに伴う覚悟も、そられも所詮は自分の支配欲からくるエゴでしかなかったと打ちのめされる可愛さも大好き。笑
のちのち、夏野くんが敏夫みたいな大人になるだろうなあ、なんてことを思いながら読んでいたので、夏野くん…っ(嗚咽)
…と、キャラ萌えするお話じゃないんですけど、主要人物にスポットを当ててしまうくらいには、本当に人物の描き方が丁寧で、だから本当に上巻を頑張って通り抜けて欲しいなと思います。
あの厚みを見ると躊躇する人が多いと感じるので、敢えて繰り返す。笑

今は出版業界がかなり危機的状況にあるので、こんな大作を書かせてくれないと思うだけに、そういう意味でも貴重な作品だと思いました。