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自分が読んだ本、鑑賞した映画と日常の徒然を書き留める備忘録ブログです。感想記事にはネタバレもありますので、各自の判断と責任のもと閲覧くださいませ。

【18.03.05.】『弟の夫』感想

 

弟の夫 コミック 全4巻セット

弟の夫 コミック 全4巻セット

  • メディア: コミック
 

あらすじ:
(1)
弥一と夏菜、父娘二人暮らしの家に、マイクと名乗る男がカナダからやって来た。
マイクは、弥一の双子の弟の結婚相手だった。
「パパに双子の弟がいたの?」
「男同士で結婚って出来るの?」
幼い夏菜は突如現れたカナダ人の“おじさん”に大興奮。
弥一と、“弟の夫”マイクの物語が始まる――。

(2)
弥一と娘の夏菜、そして弥一の双子の弟の夫、カナダ人のマイクの物語。
マイクとの暮らしのなかで、弥一は同性婚をした亡き弟・涼二への想いを深めてゆく。
あったかくて、時には切ないファミリーストーリー。

(3)
弥一と娘の夏菜、そして弥一の双子の弟の夫・カナダ人のマイク。
三人で過ごす日々のなかで、亡き弟・涼二、そしてマイクへの想いが変化していく。
そんな折、高校時代の同級生が訪れ…。
「差別とは?」
「家族とは?」
「幸せとは?」
あったかくて、時に切ない家族の物語。

(4)
パパ・弥一の双子の弟の夫・マイクが家に来てから、夏菜の毎日は驚きや発見でいっぱい。
でも、そんな楽しい時間にも終わりが近づいていた。
「絶対また会えるよね?」 
そう問いかける夏菜に、マイクは日本へ来た理由を明かし…。
amazon内容紹介より)

【ここからネタバレ感想です】

 

3/4からNHK BSプレミアムでドラマが開始と聞いて楽しみにしていたら、我が家は契約しておりませんでした、というオチ…。
(その後、今のテレビを購入してからBSに初めてアクセスしたため一時的に映らなかっただけらしい、ということが判明…今は普通に映ってます…)
ならばと原作コミック購入を即決。

敢えて各巻のあらすじを転記したのは、少しでも多くの人に関心を持ってもらえたらと思ったので。
LGBTを思い切り前面に出した感動ポルノではありません。
あらすじにあるとおり、この物語は「ファミリー・ストーリー」で、家族愛や幸せとは、ということについて、大げさな背負い込む感じでもなく、ただふと自分を振り返ってしまう物語、と言えばいいのでしょうか。

主人公の弥一は、実はバツイチだったりします。
彼の奥さんだった夏樹は、人間としてとても自然体の人で、私の中で憧れの対象になりました。
かと言って、弥一が人間として魅力がないのではなく、彼は多くの読者から共感を得る存在ではないかと思います。
そして、弥一の弟、涼二の夫であるマイクがとてもステキな人で、彼の人となりに弥一は救われたと思っていいだろうと、読後感がとてもよい作品でした。

マイクと弥一・夏菜親子が共に過ごした時間は、たったの3週間。
夏菜の先入観や偏見ゼロの問い掛けが、そして彼女の友達であるユキの想いが、弥一に対してであると同時に、読者にも難しい質問となって突き刺さってきます。
その問い掛けはどんな思いからくるのかに考えを巡らせれば、自ずと問われた読者も、無自覚な差別や偏見、その原因となった無関心を自覚してしまうのではないでしょうか。

巧く言葉に置き換えることができないのですが、「肯定すること」と「違いを受け入れること」は違う、ということではないか、と考えさせられる作品リストにこの作品も私の中で追加されました。
この作品では、LGBTに対する「違うことへの偏見」にとどまらず、母子家庭や父子家庭に対する先入観や偏見についても意識を向けさせたり、家族の在り方についての「個々の違い」についてをどう捉えるかという問題提起に唸らされたり、各々が「今の自分」を受け入れられるか拒絶するのかで悩む心理について、我が身を振り返らされたり…たった4冊で完結されているにも関わらず、濃くて、そのくせ押し付け感も重さもなく、ある家族の風景として温かな雰囲気のまま綴られていきます。
だからこそ、自分が考えさせられるというか、答えを「こう」と提示してくる押し付けがないので、ただありのままを描いている中で自分はどうであろうかと自問させてくれる、という見方もできる作品です。
そこに至るまでの間に葛藤や苦悩があったに違いないだろうに、そういう部分は物足りないくらいにさらりと語られるので、それが却って読む人に考えさせるお話でした。

ちなみに、今はLGBTに、自分の性自認性的指向が定まっていない「Questioning」を付加した「LGBTQ」という表現をされつつある、という情報もあります。
この辺りの話について「何を言っているか分からない」と感じられる方には、ぜひこの作品を読んでいただけるといいな、と思います。

マイクに共感することが多いだろうと予想して読み始めたのですが、弥一に共鳴する部分が多かったので、そこが我ながら意外でした。
マイノリティ=少数者という意味で、自分はマイクのほうに共有できる感覚が多いだろうと思っていたのです。
物心ついたときから「変わっている」「考え方がおかしい」などなどの言葉を受けて育ったので、善悪の評価が混じらない「マイノリティ」という言葉が救いだった時期があります。
ある意味でとても分かりやすい上に明らかに理不尽な差別である性的マイノリティの立ち位置にあるマイクに同調すると思いきや、最もシンクロしたのは、弥一の
「どう接していいのか分からない」
という序盤の彼の戸惑いでした。
理解できていないことから、無自覚の偏見があって、マイクと涼二の馴れ初めすら聞けないでいた弥一ですが、偏見を自覚しても聞けない葛藤がありました。
それは、どこまで聞いていいのか、何気ない言葉でマイクを傷つけやしないか、という気持ちからであったり、双子の兄で涼二と瓜二つの自分を見て辛くないのだろうかと悩んだり、理解できていないことを自覚したからこその悩みと言えばいいのでしょうか。
その部分に一番同調してしまい、そして無知な自分に自己嫌悪してしまう気持ちも分かる気がして、その答えが作品の中にあるだろうかという訴求が一気に最後まで読ませたようなものでした。

マイク自身は、いろんなものを乗り越えた形で弥一たちの前に現れ、夏菜の友達のお兄さん(クローズド・ゲイです)の相談に乗ったり(答えません。ただ聞いて受け止めるのみです)、弥一の葛藤もどこか織り込み済みで、それも受け入れていて、だけどこれまでの人生の中で葛藤がなかったわけがないとも感じさせる一つ一つの言動があり、そして、最後の最後で彼が日本へ1人で赴いた目的を弥一に語る――という流れで迎えたマイクから弥一への告白は、どこまでも「夫と夫の兄に対する愛」に溢れていて、弥一の後悔は一生どうにもならないけれど、マイクのおかげでこれ以上の後悔を増やさなくて済むのではないか、という希望に溢れるラストでした。

元奥さんの夏樹さんという稀有な存在も、この作品ではキーパーソンになっていると思います。
彼女はもちろんLGBTではありませんし、ことさらにストレート・アライを主張するようなポリシーや信念を持っているわけでもない、ごく普通の人です。
そのごく普通の自然体で、さらっと弥一に笑って言うのです。
「弥一くんと私はもう夫婦じゃないけれど、夏菜を通じて繋がってる」
「弥一くんとマイクは他人だけれど、涼二くんを通じて繋がっている」
「なら、家族でいいんじゃない?」
まるで「何つまんないことに拘っているのよ」と呆れ混じりに笑っているかのような笑顔で言うんですよね…涙腺ゆるみました…。
人に決めてもらうのではなく、自分が定めればいいのだ、ということに気付かせてくれるキーパーソンの1人で、マイクからのそれらしい言葉はないのですが、彼もまたありのままの自分や他者を受け入れる大きな器の人で、そんなマイクの人となりと、彼と過ごしている間に撮ってもらっていた涼二の幸せそうな写真たちと、2人の婚礼衣装=どちらも夫で、どちらもが互いの配偶者であることの象徴と、そこにあるのが幸せに満ちた笑顔だったことが、弥一を救ったのだと思います。

まだまだ、自分の無知を思い知る作品でもありました。
存外、自覚がないだけで、自分も多かれ少なかれ差別や偏見によって傷ついた経験があるのに、別の差別や偏見で人を見ているのかもしれない、ということを気付かせてくれる作品です。
気遣い過ぎて何も聞けなくなる、気安いジョークも言えない気持ちが湧く、というのも、ある意味で偏見や差別、ですよね。
そんな気付きを与えてくれる作品でもありました。