本と映画と日常と

自分が読んだ本、鑑賞した映画と日常の徒然を書き留める備忘録ブログです。感想記事にはネタバレもありますので、各自の判断と責任のもと閲覧くださいませ。

【19.08.18.】『完璧な家』感想

 

完璧な家 (ハーパーBOOKS)

完璧な家 (ハーパーBOOKS)

あらすじ:
郊外の豪華な邸宅で暮らすグレース。
ハンサムで優しい夫にも愛され、人は彼女を“すべてを手にした幸運な女”と羨む。
だが、真実を知る者は誰一人いない―グレースが身も凍るような恐怖のなか、閉ざされた家で“囚人”同然の毎日を送っていることなど…。
理想の夫婦の裏の顔とは!?
発売後またたく間に話題沸騰、英国で100万部突破!最後の1行まで目が離せない、サイコ・サスペンス。
(「BOOK」データベースより)
※読了時間:6時間10分

 

【ここから感想です】

 

ふと「自分は遅読なのでは?」「ジャンルによって読了時間にかなり差があるのでは?」などなど自分の読み方にいろんな疑問がわいたので、今回から読了時間も記録していこうと思います。

閑話休題

実は推理物が苦手なので(と思い込んでいる節があるという自覚・汗)、今ひとつ「サイコ・サスペンス」「サイコ・ホラー」「スリラー」この辺りの違いも分からなかったりします。
ちょっと調べてみたら、分かりやすい説明を発見。

ホラー、スリラー、サイコ、サスペンスのジャンルの違い
■ホラー…恐怖がテーマ
■スリラー…身近な存在だった人物が主人公を脅かすもの
■サスペンス…推理や謎解き
■サイコ…狂人が登場するもの(サイコパスのサイコ?)
よく「サイコ・ホラー」「サイコ・サスペンス」を目耳にするのですが、違いが分かっていませんでした。
なので、この作品の帯に「サイコ・サスペンス」と銘打っているのでホラー(恐怖物)的な先入観で読み始めたところ、いわゆる人外に残虐な殺され方をするなどの恐怖や、スプラッタ的なグロ描写などがなかったので、そういう類の恐怖は皆無で、ちょっとほっとしました。

閑話休題だったはずが、早々に横道にそれました…。orz

これは私が海外文学にひどく疎いため、という前置きが必須なのですが、冒頭でいきなり多くの登場人物の名前が連なるので、誰が誰なのか混乱し、カバーや書籍最初のページの人物紹介に指を挟んで確認しながら読むくらい、関係性が頭に入って来ませんでした。
と言っても、冒頭で出てくるのは、主人公のグレース、その夫であるジャック、ジャックの同僚のアダムとその妻ダイアン、ジャックの友人ルーファスとその妻エスターの6人だけですが、カタカナ名乱舞で誰が誰の妻で夫だ!!?と混乱…。
冒頭でいきなり己の読書量の少なさを痛感させられました…。

帯の煽り文のおかげで、ジャックがモラハラ系の夫であろうことを念頭に置いて読めてはいたのですが、完璧なまでの二面性には少々舌を巻きました。
怖さが生々しいというか、実際にあちこちにいそうな男性のような気がします。
そういう怖さがありました。
もう一点、グレース視点の一人称で作品が綴られているのですが、グレースはしばしば
「ジャックが着替えを持ってきて【くれた】ので」
というような表現をしているのが個人的に怖いと感じました。
ジャックは、グレースが自分を面白がらせてくれなかったり、不快な言動を取ると、監禁している部屋に食事を運んでくれないし、服も着た切り状態で放置する夫です。
そも、監禁していること自体が異常なのに、機嫌がよかったり、グレースが屈服した素振りを見せることで満足感を得ると、服を盛ってきて「くれた」り、食事を運んで「くれた」りするのです。
この「していただいた」的な感謝とも思える表現が、グレースの洗脳され掛けている様を描写しているように見えて、訳者の訳し方に感服した次第。

レビューを見る限り、グレースとジャックが出逢ってから結婚に至るまでの過去ターンと、結婚してからジャックとの生活をつづる現代ターンのザッピングで構成されている点について、賛否両論あるようです。
現代ターンで始まる冒頭では、なぜグレースは自分の夫にここまで緊張を強いられているか、と読者の興味を誘います。
モラハラ夫なんだろうなと予測はついているので、理想的な夫婦を演じるグレースの不自然さに疑念を抱くエスターの執拗な質問は、グレースに取って助けを求めるチャンスなのではと思うのに、それを疎ましく思っていることに疑問を抱き、その理由を知りたいと思わせページをめくらせます。
そこで過去編に切り替わり、グレースのダウン症の妹、ミリーが登場、グレースが親に代わって彼女を一生涯支えていくと決めているのを知り、ミリーを含めて愛してくれるジャックに惹かれていく蜜月の時間が綴られています。
でも、やたら結婚を急いだり、グレースに仕事を辞めて欲しがったり、新居をなかなか見せなかったりする辺りに違和感を覚える過去ターン1エピソード目です。
モラハラ夫やマザコン夫系のテンプレみたいな展開だと思いました。
その程度が分からないので、やはり先へ読み進めたくなる、と、今度また現代へ戻ってくる。
この繰り返しで、徐々に過去と現代の時差が埋まっていく展開になっているのですが、私はこの構成が非常に面白く、飽きさせずに読み進めさせてくれると感じました。
サスペンスを読み慣れている人にとっては、過去編は現在編を読んで「ああ、それ失敗に終わるんでしょ?それで?」と歯痒くなるのかもしれません。
でも、推理苦手な私だと、「なぜ」失敗したのかの予測がつかないので、逆に答え合わせのような感覚で読めて面白かったです。

ツッコミどころは確かにあります。
有名な敏腕弁護士で負け知らずと言われているジャックに、常時グレースを監視する時間があるってのが不思議、とか(笑)、実際には日中仕事に行っていて、その間は逃げ道が分からないようシャッターを下ろして真っ暗にした一階と、外からでないと開錠できない部屋に軟禁されているので、留守のときも多いのですが、あまりツッコミに終始したくなるような気にならないくらい、ジャックの慎重さが怖くて、彼がなぜそういう性癖を持つようになったのかに気がいってしまいました。
そういった人間を見るのが面白い作品だと思います。
ダイアンのようなごく平凡で普通の女性なら、とっくに洗脳されていただろうというくらい、ジャックの用意周到で綿密な外堀の埋め方が怖いです。
彼の生い立ちは、ジャックが自己申告した話やグレースの想像でしか読者には分からんず、実際の成育歴は分かりませんが、とにかく怖かった…サイコパス、なんだろうなあ…。

怖い存在として興味を駆り立てられるジャックという人物に対し、妻のグレースは、どこか斯く在りたいと思わせる強い女性、それでいて優しく精神的に自立した女性として魅力的な人物で強い関心を持ちました。
物語としては少し味気ないくらいの恐怖でしょうが、これがもし現実に起こっていることだとしたら、下手なフィクションより怖い状況です。
その中で絶望しないで戦い続けられたのは、ジャックの本命がグレースではなく、妹のミリーにあったから。
妹を守るために決して諦めず、カウントダウンが始まってからグレースはある覚悟を決め、ジャックを凌ぐほどの策を、あの窮状から思いつき、行動を起こします。
最後は、ジャックが飼い犬やグレースにしたしたこととほぼ同様の報いを受けるのですが(そこは読んでご確認ということで)、「因果応報、自業自得だ」と小気味よいものの、それを実行したのが、人の道から外れるなど考えたこともなかったグレースだったことに哀しさややり切れなさを禁じ得ませんでした。
それだけに、エスターの想定外の申し出は、グレースに代わって読み手が泣きたくなるほど嬉しかったです。
かなり後半まで追い詰められっぱなしのグレースなのですが、カウントダウンが始まってからの展開は怒涛の速さで、だけどやっつけ感や矛盾、稚拙なご都合展開などではなく納得のいく話の流れで、最後の1行まで面白く読ませてもらいました。

原題は『Behind Closed Doors』、密室で、というタイトルのままではいけなかったのかな、と疑問に思ったりしました。
ジャックの口癖が「完璧」だから、『完璧な家』にしたのかな、とは思いますが、原題の直訳のままでもよかった気もしないではない内容でした。

イギリスの文化や風潮・雰囲気をほとんど知らないのですが、いわゆる「建前と本音」「外面と内面」の極端な二面性というのは、日本独自の風潮ではないんですね…多分。
わずかな知識として知っているのは、イギリスでは(今は分かりませんが)家庭が子ども中心ではないということ、過剰に相手に踏み込まない、皮肉屋、隣は何する人ぞという一面がある、くらいです。
それを併せ考えると、体面を取り繕いつつ、がっつりと隣家と遮断されたイギリスの雰囲気も、なかなか日本のそれと似通っているのかな、と異文化に思いを馳せたりもしてしまいました。

改めて、人を見た目や表向きの言動だけでジャッジするのは怖いものだな、と思わせる作品でもありました。