【17.04.13.】『ひきこもりの弟だった』感想
あらすじ:
『質問が三つあります。彼女はいますか? 煙草は吸いますか? 最後に、あなたは――』
突然、見知らぬ女にそう問いかけられた雪の日。
僕はその女――大野千草と“夫婦”になった。
互いについて何も知らない僕らを結ぶのは【三つ目の質問】だけ。
まるで白昼夢のような千草との生活は、僕に過ぎ去った日々を追憶させていく――大嫌いな母、唯一心を許せた親友、そして僕の人生を壊した“ひきこもり”の兄と過ごした、あの日々を。
これは誰も愛せなくなった僕が、君と出会って愛を知る物語だ。
(amazon内「BOOK」データベースより引用)
【ここから感想です】
ネタバレさせずに感想を書くのが非常に難しい作品ですが、一人でも多くの人に読んでもらえたらと思う作品でした。
各書店のレビューやtwitterでの感想tweetを拾っていただくとおおよそ内容の雰囲気が解るかと思いますが、この作品を読んだ人は、登場人物の誰かしらに自分が当てはまると感じられるのではないかと思います。
同時に、それを認めたくない自分がいることも感じさせられると思います。
それは特定の登場人物というわけではなく、この人物のこういう心情に共感するとか、自分もそう感じてしまったことがある、とか。
そして、私は主人公の啓太やその妻になった千草よりも上の世代なので、啓太のお母さんも含めて、各登場人物(それこそ、チョイ出だった啓太の友人も含めて)すべてに反発心を覚えたり共感したり、ゆったりと時間が流れる物語であるにも関わらず、心忙しい想いをさせられる内容でもありました。
また、読む人から見て、この終わり方を「ハッピーエンド」と捉えるか「メリバ」と捉えるかも大きく変わる内容だと思いました。
ここを読者に委ねる作者さん、すごい、と思いました。
メディアワークス文庫はライト文芸にカテゴライズされるようなのですが、文芸作品を読んだ後に感じさせられる
で? あなたはどう?
と、突然読者に自分を振り返らされるような終わり方です。
このエンディングで感じたことが、そのまま自分の考え方とか価値観とかを自覚させられるような感じ。
(それが例え自分で認めたくないと感じるものであったとしても)
現在、電撃文庫サイトでヒロ視点のSSが公開中です。
註:特にお若い方は、本編読了してから読んだほうがよいと思います。
こちらもぜひ合わせて読んでいただきたいと思います。
本編では、兄のヒロが啓太視点でことさらに悪く書かれています。
同様に母親のことも。
自分は啓太の母親と同世代なのだろうと思うので、啓太の視点から見た彼らの言動から、SSに描かれていたヒロの人物像を垣間見ることができたのですが、お若い方、未婚の方、お子さんのいらっしゃらない方にはどう映るのだろう、と、そこが同じ読み手としてとても気になります。
気になってしまうくらい、読む人の数だけ感想がある作品だと思いました。
啓太は引きこもりの兄を見て、ああはなるまいと心の中で兄を見捨てます。
一生兄の面倒を見るなんてごめんだと無視を決め込みます。
そして、そんな兄をいつまでも依存させている母親にもうんざりとして母親のことも見捨てます。
先のことを考えず、自分のほうが順当にいけば先に逝くのに、自分亡きあとの兄の生活をまるで考えていないと業を煮やします。
そうしたくなる啓太の気持ちは痛いほどよくわかります。
多分、ここは多くの読者が啓太と同調するのではないでしょうか。
でも。
啓太がヒロを嫌悪するきっかけは、友達やヒロと同学年の子からの
「おまえの兄ちゃんはどうして学校に来ないんだ?」
が発端です。
本編で、ほんの1、2回だけ、母親が啓太を物のように扱うシーンが出てきます。
母親とのこのシーンが、ヒロの登校拒否の理由のすべて(だと私は解釈しました)なのですが、啓太はそこに長い間気付くことはありませんでした。
私の場合、このシーンがあったので「あ、もしかして」と思ったんですが、ほかの読者さんはどうだったのだろう…。
啓太やヒロの母親の気持ちにも共感しました。でも、行動に出てしまうのはいただけないと思います。
ヒロの報われなさが辛い作品だと思いました。報われたい、見返りが欲しいと思ってしたわけではないのだろうけれど、でも憎まれたくはなかっただろうと思うと、啓太への共感はどうしても少しばかり欠けてしまいます。
だからといって、啓太を考え無しだとか冷たいだとかも思えず。
本当に、誰も悪くないのに悲しい家族で、読んでいてつらかったです。
それもドラマティックに劇的に悲しいというのではなく、じわじわと気が付いたら陰鬱としてしまうような静かな悲しみが立ち込める雰囲気の作品です。
私はすでに自分の家族がある側だからか、啓太と千草の結婚生活については大きく注目することなく読んでいましたが、ラスト手前辺りで彼女の生い立ちと3つ目の質問を知るに至り、さらりと流していた2人の生活の在りようがどっと押し寄せてくる衝撃を受けました。
そして、誰よりも千草に共感しました。
そんな2人のラストは、これしかないよな、と思いました。
本当は、むしろ最後の数ページのそこについて語りたい感想がいっぱいあるのですが、盛大なネタバレになるので言えないというのがものすごくツライ…です…。
自分のこれまでを振り返らせてくれる作品でした。
日々、悩んだり不安だったり「この選択でよかったのだろうか」と、親になったことについて考えることがとても多いのですが、一つの救いを得られたような作品でした。
この「で? あなたは?」と問い掛けてくるような物語を「ライト」と冠のつくレーベルで読めるとは思いませんでした。
ラノベとライト文芸の隔たり、同時に文芸とライト文芸の境界の曖昧さを感じる作品でもありました。
今後のライト文芸の方向性も楽しみになってきました。
文芸ほど堅苦しくなく、それでいてキャラ立ちなどで読者の関心を引くのではなく、ストーリーで魅せてくれるというところが素晴らしい作品でした。