本と映画と日常と

自分が読んだ本、鑑賞した映画と日常の徒然を書き留める備忘録ブログです。感想記事にはネタバレもありますので、各自の判断と責任のもと閲覧くださいませ。

【14.12.26.】『三日間の幸福』感想

三日間の幸福 (メディアワークス文庫)

三日間の幸福 (メディアワークス文庫)

 

あらすじ:
 どうやら俺の人生には、今後何一つ良いことがないらしい。
 寿命の“査定価格”が一年につき一万円ぽっちだったのは、そのせいだ。
 未来を悲観して寿命の大半を売り払った俺は、僅かな余生で幸せを掴もうと躍起になるが、何をやっても裏目に出る。
 空回りし続ける俺を醒めた目で見つめる、「監視員」のミヤギ。
 彼女の為に生きることこそが一番の幸せなのだと気付く頃には、俺の寿命は二か月を切っていた。
amazon内「BOOK」データベースより引用)





【ここから感想です☆】

 


 若い世代をターゲットした電撃文庫小説賞において、「大人のラノベ」という謳い文句で新設されたメディアワークス文庫賞受賞作品。
 ラノベライト文芸の違いがよく分かっていないので、このブログではラノベにカテゴライズさせていただきます。

 主人公が最低だと思う冒頭でした。
 人を見下し自分が人とは違う秀でた存在と信じて疑わず、周囲が自分を理解せず虐めに走るのは周囲の人間が愚かだからと自分へ言い聞かせてプライドを保つ、どうしようもない人。
 挙句、何者にもなれないどころか存在さえ虚ろな救いようのない大人になっていて、第一印象は最悪でした。
 その主人公がろくでもない人生など短いことに越したことはない、と、生活に困って寿命を売ります。
 寿命か時間か健康か、そのうちの一つを選べるのに、敢えて寿命を一生の半分、三十年を売って30万円を手に入れます。
 どんな主人公補正でご都合主義な展開になるのかと思いきや。
 最低だった主人公は、自分自身の手で、そして監視員ミヤギとの交流の中で芽生えた一つの想いのお蔭で、かけがえのないモノを手に入れます。
 ご都合主義などではなく、かっ飛んだ現代ファンタジーでもなく。
 主人公を始めとする登場人物がどれも実在している誰かと重なります。とても、リアル。
 主人公の葛藤や逡巡、迷いは読者にも疑問を投げ掛けてきます。
 何度も何度も、静かに
「必死で守ろうとしているそれは、本当に【あなたが】大切にしたいと思っているもの?」
 と問い続けてきます。
「あなたは誰を見つめているのですか?」
「あなたは誰と話しているのですか?」
「それが、あなたのしたかったことですか?」
 自分しか見えていなかった主人公は、誰にも存在を認めてもらえない透明人間、ミヤギが「ここにいる」として、傍から変人扱いされようと警戒心を抱かれようと、頑として彼女との会話を公衆の前でやめません。
 当のミヤギですら「いいんですか?」と不安がっているというのに、主人公はただ
「そうするとミヤギが笑ってくれるから」
 という理由だけのために、周囲の人々が向けてくる奇異を見るような視線を軽く受け流します。
 冒頭に出て来たころの主人公だと、そんな態度はあり得ない。
 その原動力は、ミヤギという存在そのものもありますが、
【限られた時間】
 という要素もかなり大きいと思います。
 作者さんは「命の価値や愛の力を描きたかったわけじゃない」とあとがきで仰っていましたが、そういう美しいけれどどこか上滑りな言葉ではない、もっと深い意味で「どう生きるか」を読者に考えさせるお話でした。

 全然説教臭くないのに、「如何に自分の意思で決めて判断し、行動に移すか」ということの大切さを認識させられます。
 その気付きのためには他者の存在が不可欠だとか、失くすと判ったときやどうしようもないほどの絶望を感じたときこそ、世界はそのまま自分の絶望などお構いなしに美しいままそこにある、という残酷な事実を突き付けられるとか、なんか本当に色々と考え感じさせる内容でした。

 キャラ萌え要素無し、延々とこの腐ったどうしようもないくらいダメダメな主人公が、ひたすら無意味なことをやっていく様を綴っているにも関わらず、深く考えさせられる。
 そして、彼の成長、変化そのものに、どこか明るい展望を感じさせる内容でした。
 タイトルが「三日間の幸福」とされた意味を読み終えてから初めて実感し、噛み締める、そんな感じのお話。

 とても残酷だけれど、彼は、そして彼女はそれで「幸せ」なのだ、そう思うと、どう生きるかが大切なのであって、自分がどれだけ無意識に「まだ時間がある」と思いながら生きているのかを痛感させられます。

 さすが、大人のライトノベルと銘打つレーベルの作品なだけあるな、と唸らされる作品でした。
 メディアワークス文庫、というレーベルが好きになりそうです、というかなりました。笑
 電撃文庫を知ったのは、15年くらい前、『ブギーポップは笑わない』がきっかけだったのですが、現在の電撃文庫、ああいったハードな感覚がなく、萌え系に変わって来た気がします。
 それがいいとか悪いとかではなくて、単純に私の好みではない、というだけなんですが、上遠野さんにしても有川さんにしても、電撃出身の方がもれなく文芸に転向してしまい、私の中でラノベだったああいう作風が今はもうラノベとは認められないのか、なんてちょっと哀しく思っていましたが、ラノベレーベルとして重厚なテーマを持ちつつ読みやすい作品がまだあるのだと嬉しくも感じました。

 残りの三日間、彼らが至福の時を過ごして最期を迎えられますように、と強く強く願いながら本を閉じた次第。
 久し振りに新たな好き作家さんを発見できました。嬉しい…。