本と映画と日常と

自分が読んだ本、鑑賞した映画と日常の徒然を書き留める備忘録ブログです。感想記事にはネタバレもありますので、各自の判断と責任のもと閲覧くださいませ。

【15.07.16.】『マッドマックス 怒りのデスロード』鑑賞

あらすじ:
伝説的映画「マッドマックス」シリーズの創始者であるジョージ・ミラー監督が“ロード・ウォリアー"の世界に帰ってきた。
壮絶な過去を引きずりつつ、荒廃した世界をさすらうマックス・ロカタンスキー(トム・ハーディ)は、大隊長フュリオサ(シャーリーズ・セロン)率いる集団と出会い、「緑の土地」を目指す逃避行に加わる。
振り返れば大勢の手下を従えて反逆者を猛追する敵の首領の姿が。
今ここに、爆音轟くカーバトルが勃発する!
amazon 内容紹介より)
↑円盤が出たので追記しました。

本日お誕生日だったので、家族から「一人の時間」をプレゼントしてもらいました。
このところずっと気になっていたのが、『マッドマックス 怒りのデスロード』。
映画通の皆さんのツイートで絶賛されていたんですね。
↓最も私の関心度合いを煽ったレビュー記事(笑)
瞬きて、視覚『マッドマックス』はなぜあんなにもヒャッハーできるのか
関心の元になった部分は
『マッドマックス』のプロットには致命的な欠陥がある。
「車で数日走った場所に脱出しようとしている」点である。
(中略)
これはすごい。まがりなりにもシリアスな作品で、こんな方法で堂々とシナリオの欠陥を消し去ってしまうとは。
(青文字=引用部分)

詳細は上記記事を読んでいただくとして、ただ娯楽として鑑賞するだけでなく、創り手としても多くの要素を含んだ作品ではないかと思い、ここぞとばかり誕生日にかこつけてフリータイムをGetして鑑賞して参りました。笑

長い前置きになりました…。





【ここから感想です☆】

 


咀嚼に時間がかかる人間なので、何度も見てやっと作品に盛り込まれたテーマやら何やらを理解する自分なので、スクリーンで一度見たきりのこの作品をちゃんと咀嚼できているとは思えないのですが、とにかく、すごかった。
映像フェチなので、乾き切った大地へ滝のように流れ落ちる水のシーン、足跡一つない砂漠の壮大な光景、満天の星、とにかく綺麗で見惚れました。

この作品だけ見たんですね、1見てないんですよ;
なので主人公の背景がまったく解らない中での鑑賞です。

冒頭3分内外で主人公のキャラ認識の場面終了、え……?(汗)
続くもう数分で世界観の認識終了、え……え……?(汗)
いきなり始まるカーチェイス。それも「おまwwwちょwwwwwそれ改造車ってレベルじゃないよねwwwww」というようなゴッテゴテのコッテコテな装甲車みたいなのが、ちょっといかついけど普通のハコ車を追い回すんだから、そりゃ主人公あっさり捕まるわwwwwwと笑いを噛み殺すのに必死な冒頭…っ。
取り敢えず数行の字幕&ナレーションで「核汚染された未来世界」という認識が終わると、突然場面は切り替わり、ヒロイン(彼女を「ヒロイン」と呼んでいいのかどうかと思わないでもないが;)、フュリオサが結構その領地で軍人として身分の高いらしき存在みたいな形で登場します、主人公ドコいった?な展開…。
と思っている間にフュリオサの謀反勃発、またカーチェイスなんですが、今度はタンクローリーvs装甲改造車軍団、気付くと息止めてるわけで、見ているこっちは酸欠ででした。苦笑

もう女性陣が大好きでしたね!
フュリオサなんてスキンヘッドで上腕二頭筋逞しく、これヒロインって思っちゃいけないんじゃないかっていうくらいのイケウーマン!
フュリオサが拉致され無理やり配下にされていたと思しき領地のボス、ジョーの子産みマシーンにされていた名ばかりの妻たちも、それぞれがすっごい美人なのに屈強というか暴力に屈しないというか。
そしてフュリオサが拉致される前に住んでいたという『緑の地』の仲間の皆さんがもうそれはもう!!

イケメンならぬイケBBA!←いや、本当に高齢な女戦士たちだったのですよ…;

上述レビュー記事にあるとおり、誰一人として他者を殺めることに躊躇なく、時には好戦的でさえある。
法なんてない弱肉強食の世界にリアリティを感じるのは、彼ら彼女らの、「自分が生き延びるために手段を択ばない」というその姿勢にあるのではないかと思いました。
破天荒でハチャメチャでものすごいとっ散らかりようなのに、つまらなくないし飽きないしハラハラするし息を呑むし、それはスピード感のある構成にも起因しているんしょうが、それでも食いついて見届けてやると思わせるのは、殺伐とした生存競争社会で生き抜こうとする登場人物たちを役者さんたちが見事に演じてリアリティを醸し出しているからではないか、と。

これ、映画なら役者さんの演技力――表情だったりアクションだったり、わずかな所作や間だったり、なのですが、文章だと何に置き換えれば役者さんがそうやって彩りを添えてくれた部分を補完できるんだろう、と、今はまだ答えが出ていませんが、各登場人物の背景や生い立ちが一切表出されていないのに、見る者が勝手に脳内補完出来てしまうその辺り、ちょっと時間を掛けて突き詰めてみようと思いました。
極限まで登場人物の「設定」を省き、それでもキャラを立たせているというところが、とにかくすごかった。

映画タイトル、マッドマックスなんですが、私の見逃し聞き逃しかも知れないんですけど、最後の最後でやっと主人公が名乗りますよね?
「で、主人公はなんて名前なんだよ?」
ということを、フュリオサが主人公に名を尋ねるまで気にも留めなかったし(そんな余裕がなかった)、それ以降もラストまで気にならないくらい、彼が彼であるという認識さえあればそれでいいや、と思わせてしまうほどの迫力でした。

一人だけ名前がすぐにインプットできました。
へたれウォーボーイのニュークスくん。
どんな意図で名づけたのか解りませんが、核、という名ですよね、由来。
War Boyたちがどういう存在なのか解らないので、白塗りの彼らが人工的に作られた存在なのか、それとも核汚染されて虚弱な体質であることの象徴として彼がニュークスと名付けられたのか、など、色々妄想巡りました、実はけっこう好きだった。。。

ジョー(ラスボス)は、魂の蘇らせることができるかなんか、新興宗教みたいなのんの教祖を連想させる設定でした。
このニュークスくんはジョーをすっごく盲信しておりまして、もうピュアッピュアのいい子なんですよ!
だけど、ジョーに存在を認めて欲しくて逃亡したジョーの妻たちを追跡するも、妻の一人と、あれ、多分淡~い恋心、ですよね?
根本的に優しいのです、そりゃもちろんそんな世界観なので自分が少しでも生き延びる(華々しく散るために、あくまでも死に方に拘っているだけで長生きできるとは想っていない)ために他者を殺めることに躊躇はしないんですが、気質として戦士になりきれない可愛い坊やでした…。
フュリオサやマックスからジョーの妻たちを取り返し、ジョーに認めてもらおうと頑張ったのに、ドジにドジを重ねて気付けば疲労困憊でマックスたちの乗るトレーラーに隠れ忍んでいたりとか。
それをジョーの妻の一人、ケイバプル?ちゃんに見つかり、メソメソ泣くんですよね。
「どうせ死ぬなら華々しく戦って死にたかった。こんな風に血がないからなんて無様な野垂れ死ぬのなんて嫌だ」
みたいな泣き言を吐露するんですが、それを赤毛の妻ちゃんが無言でそっと慰めるんですよね。
彼は最後、
「見ていろ!」
と、盲信していたジョーではなく、赤毛の妻ちゃんに向かってそう強く念じ、望み通り華々しく、散ります。ウッカリ泣きそうになりました…。
恋愛脳爆裂しました、多分、映画通の人がこの記事見たら苦笑いするだろうけど、私にとってはそこが一番切なかった…。

あと、二番目にうるると来たのは、フュリオサがあんなにも探し求めていた『緑の地』が、汚染されて死の地と化していた、自分たちが通り過ぎて来た、死の鳥みたいなのが飛んでいた不気味な場所が希望の地だったと知って砂漠のど真ん中でくずおれるシーン。
これ、共感する人少ないかもですね。
例えばダム建設によって生まれ育った地が水没してしまい、もう二度と戻れないとか。
私は、故郷が市町村合併で生まれ育った当時の地名がなくなったんですね。
たまに帰郷していたとき、すでに思い出の建物や山川、お店や卒業した母校すらなくなっていまして、自分の記憶の中にしかなく実存しなくなってしまったんだ、という喪失感は半端ないです。
人すら住めない土地になってしまったのって、相当なものだろうな、と思うと、フュリオサの脱力感は、なんとも言えない気分になりました。
とはいえ、故郷で幸せに過ごしていたころのフュリオサのエピソードが盛り込まれているわけではないんですよね、これ見た人の脳内補完の部分。
彼女のキャラクターの立ち具合が、鑑賞者にそこまで脳内補完させているんじゃないかという気がします。

円盤出たら迷わず買うつもりです。何度も見ないと解らない人ですし…。
明日で上映終了と知り、慌てて駈けこんだわけですが、当然ながらプログラムは売り切れていました。それがとても残念です…。
でも、いっぱいよい刺激をもらってこれたのでよかったです。