本と映画と日常と

自分が読んだ本、鑑賞した映画と日常の徒然を書き留める備忘録ブログです。感想記事にはネタバレもありますので、各自の判断と責任のもと閲覧くださいませ。

【12.09.02.】『卒業』感想

 

卒業 (新潮文庫)

卒業 (新潮文庫)

  • 作者:清, 重松
  • 発売日: 2006/11/28
  • メディア: 文庫
 

あらすじ:
 親友の忘れ形見の少女が、ある日、僕を訪ねてきた。
 26歳で自ら命を絶った友と、40歳になった僕。
「あのひとのこと、教えて」
 と訴える中学2年生の少女の手首には、リストカットの傷跡が…。
 表題作ほか、それぞれの「卒業」に臨む4組の家族の物語。
(「BOOK」データベースより)





【ここから感想です】

 
 4つのお話をまとめた短編集になっています。

【まゆみのマーチ】
 まゆみとは、主人公の妹さんのこと。
 主人公のお母さんが、「妹だけに歌ってあげていた」お母さん作詞の歌です。
 几帳面で真面目な主人公は、まゆみさんとお父さんやお母さんの関係、そして自分と両親との関係などを振り返って色々思う、みたいなお話なのですが。
 主人公は高校生の親でもあるんですが、両親とまゆみさんとのありようや自分と両親とのありようと、自分と息子とのありようを比べ、色々と親として反省したり、息子として親に対する猛省や後悔、とか。
 親が亡くなる間際になってようやく振り返る、これは…遅いですわな、と思ったり。
 親としての主人公のスタンスに共感を覚えた挙句、主人公と一緒になって猛省したり。
 最初、思ったままの感想を書き殴っていたのですが、この1本だけで短編書けるんじゃないか、という文字数になってしまい、時間を置いて冷静になったところでほどよく削除して、ここまでの感想に。苦笑
 よく「子は親の背中を見て育つ」と言いますが、その背を見れないくらい俯いてしまっているときは、先を進んで背中を見せるよりも、傍らで一緒に並んであげることが大事、と気づかされるお話でした。

あおげば尊し
 非常に厳格な高校教師だった父親と、小学校教諭をしている息子のお話。
 主人公である息子の視点で、辛辣なほどに教師としての父を否定する書き口で物語が運ばれていきます。
 父親は末期がんで、在宅療養の道を選びました。
 そこに漂うのは「死」の雰囲気で、在宅介護の経験がある私としては、多少端折られていながらも、経験のない人には充分想像可能な感じで五感を刺激する描写が多々出て来ます。
 そんな中で、「生徒」がキーパーソンになります。
 厳格な教師だった父が、今わの際に望むのはなんだろう、と考えた息子は、自分でも生徒に問われて答えられずにいた
「なんで死体を見たいと思っちゃいけないんですか」
 と屈託なく問う問題児くんへ、命の尊厳についての教育をお願いします。それも、非常にゆがんだ形で。
 主人公の妻や母親が激怒する中、父親はそれを受け入れるのですが。
 いろいろと考えさせられる話でした。
 子供へ教え諭すのに、机上だけで本当によいのだろうか、とか。
 父親としてのこの人はどうなんだろうな、とか。
 ただでも、教師としての主人公の父親は、教育現場にとって必要な存在、必要悪的な存在だったと思います。
 今の教育現場はサービス業と化していて、クレーマーな保護者のせいで教師はビクビクしています。
 そういった類の保護者を一蹴するエピソードを主人公が思いめぐらせた辺りでは、主人公視点で否定的に書かれていたにも関わらず、彼の父親に対して「よく筋を通した!」と思ったりしました。
 そして、父親の教師人生の結果が、告別式のときに表れます。
 それは読んでのお楽しみ、ということで。
 読んだあとにタイトルの受け止め方が大きく変わった作品でした。

【卒業】
 あらすじは上述のとおりです。
 友達とか、例えば子連れで再婚するとき、どのタイミングでどのように前の配偶者のことや新しい配偶者のことを伝えればいいのか、とか、それはもういろんなことを考えさせられ、唸らされる作品でした。
 主人公の友人は、身重の妻を残して自殺してしまいます。
 その娘が成長して、主人公に「あの人の親友でしょ」と突然訪ねて来られるところから物語は始まります。
 私は大人の都合を考えながら読んでしまったせいか、主人公の友人が自殺したことを一方的に「人でなし」として悪意を持ってみることは出来ませんでした。
 ただ、この感想が作者の意図したものかどうかは解らないものの
「遺された人も心が死ぬ。息を吹き返しても傷は残る」
 ということを、まだそういうことを思いやれる余裕があるうちに己の肝に銘じておけ、と言われた気がしてなりませんでした。
 血、とか、遺伝、とか。
 思春期だと特に深刻に考えてしまう気がします。
 自殺家系とかがん家系、そういう言葉はよく耳にしますよね。
 自分も同じ血が流れてる、ひょっとしたら自分も「あっち側」の人間なんじゃないか。
 そういう不安を抱えてしまう年ごろなんですよね。
 だから、登場する少女にも感情移入してしまう部分があったり。
 主人公が、少女が、そして少女の新しい(と少女自身は思っていませんが)家族みんなが、自殺してしまった彼のことをよくよく思い出し考え、そして、やっと「卒業」を迎えます。
 飛んだとき、自殺した彼は何を思ったのか。皆がそれぞれに「卒業」を迎えたとき、もしそれが見えていたなら彼はどう感じただろう。
 そこに想いを馳せたとき、彼が後悔していたらいいなあ、なんて思ってしまう作品でした。

【追伸】
 これは非常に痛いお話でした;
 自分のことを、病に冒されて死ぬ直前まで思ってくれていた母親を持つ少年が主人公。
 少年はかつての少年で、今は結婚もして作家業で細々生活している四十代の大人になっています。
 父親の後妻と長い時間巧くいかずに過ごして来た主人公と、なかなか生母との別離が出来な継息子に焦れたり悩んだり嘆いたり悲しんだりと、不器用なくらいにすれ違い続ける親子はなんとも言えない気持ちで見てしまいました。
 やはり主人公視点で綴られていくので、継母のことは印象悪い序盤です。
 一方、亡くなった生母については、どこまでもよい印象で受け取れます。
 あれだけの想いを遺されたら、そりゃお母さんを忘れろなんて無理だわ、と思ったり。
 父親のやり方の悪さに苛々っと来てしまいました。
 あと、ここまで主人公を気に入らないと感情を波立たせた主人公はこの作品だけです。>この本の中で
 重松さんの描く主人公は、大抵はこんな感じの
「諦めている」
「どこか斜に構えている」
「どこか心がゆがんでいる」
「自分への弁解を常に持っていて小ざかしい」
 という人が多い気がします。自分の非力や矮小さを自覚していて、開き直っている、と言いましょうか。
 でも、この主人公がダントツでした;
 マザコンくさいから、生理的に受け付けなかったのかも知れません;
 それだけに、終盤に彼がぽつりと呟いたひと言は、こちらの感情を揺さぶります。
 本当に、心から「よかったね。ハルさん(継母さん)、よかったね!!」と、ほろっと来ました。