【10.01.21.】『精霊の守り人』感想
あらすじ:
女用心棒のバルサは、たまたま災難に見舞われた新ヨゴ皇国の第二皇子・チャグムを助けた。
報酬をもらい終わると思ったその救出劇は、二人の運命のみならず、サグに住まう人々の未来さえ変えかねない運命の旅の序章でしかなかった。
運命と言われてしまえばそれまで、ともいえるその出会いが、バルサとチャグム、二人の「理不尽な運命を勝手に背負わされた」というやり場のない怒りに向き合うきっかけとなる。
守られて当たり前だったチャグムの成長、命というものの躍動、バルサの悲しいくらいの苦い過去、バルサと幼馴染の呪術師、タンダの仄かに漂う純愛、と、様々な要素が散りばめられたハイファンタジー。
【ここから感想です】
異世界ファンタジー苦手なのですが、何とか読みこなそうと足掻いて、まずは優しいモノからと思い、図書館で借りてきました。
児童向け書籍だからなのでしょうか。
小説作法は割と無視。
会話文でもバリバリ改行していますし、閉じ括弧手前の句点もバッチリですし、作文の基本作法に忠実です。
ああ、こういうのもアリなんだ、と(笑
ファンタジー文盲な自分なので、
「書物蔵」「衣」「雨避けの油紙」「防寒の為の毛皮」「干し飯・干し肉」
といったような、言葉として知っていても、日頃(現代という意味で)遣わないので思いつきもしない言葉などに気づかせていただきました。
短槍剣士バルサというミソジーヌの女用心棒。この人がもうなんとも言えずステキです。
珍しくキャラ萌という意味ではなくて、生き様というか、本当に不器用なくらいに純粋で。
強いけれど繊細。
悪ぶっていても善人。
どこか諦めた素振りを見せつつ、全然人生捨ててない。
幾つになっても悩み、足掻き、諦めず誠心誠意精一杯生きている彼女の生き様は、切ないくらい哀しくて、そしてとっても憧れます。
それをただひたすら四半世紀近く見守り続ける幼馴染の呪術師見習い・タンダの包容力も堪りません!!
理不尽な形で勝手に過酷な運命を押し付けられて、それを責めたり恨んだりするのは、ある意味ものすごく楽な生き方です。
でも、恨んで嘆いて、それで何か変わるのか?
と、架空の世界の物語の中にも、たくさんの現実に転がっている問題が見え隠れする作品です。
チャグムもバルサと同じように、
『勝手に押し付けられた運命』
を背負わされてしまっている自分を知らされ苦しみます。
時にバルサへ八つ当たりしたり、命を狙われている身の上なのに、ふらっとどこかへ出てしまったり。
だけど、気づくのです。
そんな自分を、やはり勝手に押し付けられたような形で、バルサは用心棒として命を張っているんだ、ということ。
八ヶ月の出来事が、思春期の少年にとって、どれだけ長くも短く、そしてどれだけ成長させるのか、経験次第なんだろうなあ、と思いながら読んでいました。
思春期をとうの昔に過ぎたバルサも、未だ「やり場のない怒り」を澱ませ足掻いていたり(タンダの受け留め方)、それを認めることは本人になく、戦うことで生きている実感を持つようになってしまった自分、と自嘲してみたり(バルサの受け留め方)、幾つになっても、抗いようのない運命に対し、悩み考えるのが「生きる」ということなのかな、と、一人の人間として考えさせられます。
精霊の卵をいきなり抱え込まされ、それを狙う魔物に命を狙われるチャグムなのですが、言ってみれば不安で気持ち悪い存在で、勝手に自分の命の中に宿った異世界の卵な訳ですよ。
だけど彼は魔物に襲われる刹那、バルサに
「卵を捨てろ!」
と言われても捨てられません。
理屈や自分の悲劇を呪うとか、そういう「概念」「思考」丸無視で、「感情」が、必死で生きたいと伝えて来る卵の気持ちと、魔物から助かり生きたいという自分と、どう違うのだ、と咄嗟に卵を助けてしまうのです。
(と自分は解釈して読んでました)
普通に食べていた食事。
旅での野営生活が、命をいただいているのだという感謝や罪悪感、いろんな思いを抱きながら厳かにいただくように変わっていくんですね。
本当に、多くの人に読んで欲しいと思う良作でした。