【10.06.08.】『名探偵の呪縛』感想
あらすじ:
図書館を訪れた「私」は、いつの間にか別世界に迷い込み、探偵天下一になっていた。次々起こる怪事件。
だが何かがおかしい。じつはそこは、「本格推理」という概念の存在しない街だったのだ。
この街を作った者の正体は?そして街にかけられた呪いとは何なのか。
(「BOOK」データベースより)
【ここから感想です】
ざっくりとあらすじを話してしまうと、そしてズバリおちなんかまで言ってしまうと、主人公「私」が小説内の登場人物(=主人公)、探偵・天下一となって事件を解決する話。
ただ、ベタな推理小説と異なるのは、その世界に「密室殺人」という概念がない、ということ。
密室という言葉を、登場する書生が
「私の作った言葉」
と言うのです。そんな、奇妙な世界。
そしてオチをばらすと結局「私」扮する天下一は、何故自分がそんな奇妙な異世界へ迷い込んでしまったのか、その世界を作ったのが誰なのかを知るのです。
つまり、「私」、自分自身。
若い頃、淡々と事件と犯行の推理→解決の過程を小説として記述していく「本格推理」を書いていた「私」。
作家になり、そんな若かりし頃の自分の作品を「幼稚」「非現実的」「陳腐」「くだらない世界」とし、本格推理を封印し、社会派小説へと転向していき、その世界を作者である「私」自身が忘れてしまうのです。
その世界の中で「私」扮する天下一が、その世界で存在しない概念「密室」をはじめとするトリック殺人を解決していく。
そして最後にそこが自分の作った世界だと気づき、その世界へいざなった住人と対峙するんです。
その対話の内容に、自分はそうとうガツンとやられました。
「ずっと以前、僕は自分の好きな世界を作ろうとしていた。それが幸せだった。ほかの人にどう見えるかということに関心がなかった」
「私は自分が丹精込めて作った城(=作品)を、まるで過去の恥のようにすら感じていたのだ。悲しいことに、それらの城を自分の足で踏み潰して来たのだ」
「心の遊び場だったんだ。ここはもう僕の世界と合わないんだと解った。だけど今度は封印はしたくないんだ。いつでも戻ってこれる、遊び場として心の中にとっておきたい」
作られた「私」のこどもたちとも言える登場人物たちは、作者のそんなエゴの為に、宙ぶらりんの心で作品の中を生きることになる。
「私」を物語の世界へいざなったと思われる登場人物の言葉に、無関係の自分が打ちのめされた気分になってしまいました。
小説を書く趣味がある人には、非常に考えさせられる作品だと思います。
自分の作品に何かを感じ取ってくれた人の気持ち。
登場人物達の気持ち。
これらを尊重できているのならば、改稿なんか出来ないよなぁ、と思う気持ち、少しでも文章的によりよいものへ変えて書き直したい気持ち、そのふたつがせめぎ合ってしまいそうな気がします。