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自分が読んだ本、鑑賞した映画と日常の徒然を書き留める備忘録ブログです。感想記事にはネタバレもありますので、各自の判断と責任のもと閲覧くださいませ。

【09.10.28.】『赤い指』感想

 

赤い指 (講談社文庫)

赤い指 (講談社文庫)

  • 作者:東野 圭吾
  • 発売日: 2009/08/12
  • メディア: 文庫
 

 

あらすじ:
 ある住宅街の公園で、一人の少女の遺体が発見された。
聞き込み捜査に当たる本庁所属の松宮から見れば、どの家庭を訪ねて事情聴取をしてみても、極普通のありふれた家族にしか見えず、犯人と思しき人物を見い出せない。
 だが、コンビを組んだ所轄・加賀は、既に何かを掴んでいるようだ。
「推測の域を出ないが」
 とは言うが――。

 昭夫はその事実に愕然とさせられる。
「あれは……何だ」
 混乱と逃げ出したくなるような目の前の現実に、昭夫は人として許されざる行為へと走っていく。

 刑事=追う者の視点と、犯人とその家族=追われる者の視点を織り交ぜて紡がれていく、ひとつの事件を介して「心の傷」「家族の絆」について語られていく物語です。





【ここから感想です】

 


 書き手視点で読んでみると、会話文の後に改行がない、という文法作法破りに序盤は少々苦戦しました(苦笑
 つい読み詰まって現実に戻ってしまうのですが、物語が進むにつれて、目が馴染んで来たことと、作品の内容そのものにそんな些細なことなど気にならないほどの圧巻させられる深い心理描写が描かれていて、気づけば一番心を寄せていたのは、昭夫の母、政恵に対してでした。

 押し付けがましさのない社会問題の匂わせ方は、自分の勝手な憶測ですが、延々と強く主張される政治家の答弁よりも遥かに切々とした説得力がある。
 でも主題はそこにあるのではなく、あくまでも「個」としての家族の絆。
 ページ数×行数×文字数、と簡単な計算をして約8万文字しかないのです。
 なのに、ものすごく濃く深くリアリティに溢れる、実は隣家でそんな家庭内の人間模様が本当にあるかも知れない、と思わされる作品でした。
 押し付けられた感がないのに、「感じさせられる」強さがあります。
 三人称で語られながらも、固定された視点(松宮及び昭夫のみ)が、物語全体にフェイクを掛けまくっている。
 見事に騙された、と終盤の事件解明時にはやられた感というか、奇妙な敗北感が(笑
 事件の犯人側と捜査側のダブルスタンダードなので、犯人解明という意味合いではなく、事件の根底に潜む「真実」を明らかにするまでは、読むのを止められない、という勢いのあるお話でした。
 もう、悔しいくらいに次への引っ張り方が巧みなのですよ!!

 特に語彙が多用されているでもない、とてもさらりと読める易しい文章です。
 なのに、読ませる内容は、深い。

 老若男女問わずに読んで欲しいと思ってしまう作品です。
 実際、家族関係の希薄化、過剰なまでの個の尊重、上っ面しか見ることの出来なくなっている現代社会。
 いろんなこと、考えさせられます。
 それでも重く暗く切ないだけで終わらないのは、もうひとつの家族――加賀父子の不器用なまでに生真面目で誠実な、一見冷たいと思わせるその関係の、何とも切なく温かく、それでいてほろ苦い親子の絆が、最後の救いになっている、と自分は思いました。
 べたべたするだけが家族じゃない。
 でも、心まで離れてしまっては、それはもう家族ではない。

『理解は出来なくても、それを尊重することが大事なのだ』

 加賀刑事が最後に呟く言葉が、自分にとってはとても強く感じられたメッセージでした。